『あちらにいる鬼』井上荒野
本ときどき映画
他人の恋愛にはまったく興味がないのだが、井上光晴とその妻と瀬戸内寂聴の三角関係を、井上夫妻の長女である井上荒野さんが書いた、この小説は読んでみたくなった。
これ、限りなく実話に近いのだろうなあ。自分の両親の長年にわたる、世間から好奇の目で見られてきた色恋沙汰を、「小説だから書けた」と著者はインタビューで説明している。小説家の覚悟とはすさまじい。
父の愛人であった寂聴さんとは長年の交流があるそうで、小説に書くにあたっては寂聴さんから、「もちろん書いていいわよ、なんでも喋るから!」とお墨付きをもらったというエピソードを読むと、荒野さんも寂聴さんもプロだなあとつくづく思う。
感想はというと、題材は生々しいのだが、読んでいて清々しい。むしろ爽やかなぐらいである。なんだろうこれは。人間同士の関係って本来はこういうものなのではないだろうか?
一般に不倫はイケナイコトとされていて、著名人の不倫がもれなく叩かれる昨今である。他人事なんだから放っておけばよいのに、不倫のスキャンダルが世間の耳目を集めるのは、誰もがみな人と人とのつながりを無視できないからなのだろう。見過ごせない。自分ごとにおきかえる。何か言いたくなる。だから叩いてしまう。
個人的にはラストシーンがとても好きだった。美しいなあ、と思った。
■『あちらにいる鬼』
井上荒野 著(朝日新聞出版)
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